侍従日記の記事を読んで

  • 2018.08.24 Friday
  • 13:33

https://jp.reuters.com/article/idJP2018082201002234?utm_campaign=

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昭和天皇、戦争責任「つらい」                 ロイター

 

https://www.asahi.com/articles/ASL8R33W9L8RUTIL00W.html

昭和天皇「細く長く生きても…」 元侍従の日記に発言  朝日新聞

 

https://www.yomiuri.co.jp/national/20180823-OYT1T50065.html

「戦争責任のこと」昭和天皇、晩年の苦悩        読売新聞

 

https://mainichi.jp/articles/20180823/ddm/041/040/150000c

昭和天皇の苦悩、克明に 侍従日記「細く長く生きても」 毎日新聞

 

https://mainichi.jp/articles/20180823/k00/00m/040/171000c

侍従日記「戦争責任言われつらい」晩年の昭和天皇吐露 毎日新聞

 

https://www.sankei.com/life/news/180823/lif1808230001-n1.html

「細く長く生きても仕方がない。戦争責任のことをいわれる」 

昭和天皇85歳、ご心情 故小林忍侍従の日記に記述  産経新聞

 

昭和天皇陛下の戦後をすこし調べただけでも大変苦しみの中を

生きておられたことが見えてきます。

 

この記事は公ではなくて侍従の方に心境を吐露されているのですから

批判的な意見もあるかと思いますが

昭和天皇もひとりの人間としてのお姿だと思って読ませていただきました。

 

わたしは、戦後生まれですから天皇陛下は生神さまではなくて

国民の象徴でひとりの人間だと思って育ちました。

国民の安寧を祈ってくださる存在だという

その思いはいまも変わりません。

 

親からは、小さいころより

皇室にプライバシーは無くて寝ているときでさえ

監視がついているから大変なことを教えられてきました。

 

戦争責任のことでさまざまな意見があると思いますが、

ほんとうに天皇陛下だけの責任だったのでしょうか。

 

戦後、戦勝国に生かされてきたと考えられないでしょうか。

 

戦争に負けて公に生きていくことがどれほど

大変なことだったのか、

皇室も解体され想像できないほどの変化を

受け入れて来られたのではないかと推察します。

 

それから、先日のノモンハンのブログの途中で消えてしまったのは

A級戦犯の処刑された日が今上天皇陛下のお誕生の日である

12月23日のことを書こうとしたときに起こりました。

 

昭和天皇陛下にとってはご自身は生かされることになり、

部下を喪い、また、その日が忘れることができない刻印を押されるような

ご自身の子ども(皇太子)の誕生日に十字架を背負せたという

お気持ちになったのではないかと推測してしまいます。

 

昭和天皇陛下を知ることは戦前、戦中、戦後の日本を知る上で重要ではないかと…

今上天皇陛下は戦争のこと、戦後のことを知っているからこそ

平和の大切さを国民に知らせてくださっているのだと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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